金曜日, 3月 29th, 2019

2012年に帯状疱疹で入院しました。4月は仕事とプライベートで毎日バタバタと忙しくしており、5月のゴールデンウィークの妻の実家にお邪魔している時に、顔面の神経痛およびヘルペスが発症しました。はじめは、歯の痛みが症状として現れました。刺すような痛みがとてもつらく、痛みに弱いわけではないのですがさすがに耐えられなくなってきました。

義父に、緊急の歯医者に連れて行ってもらいましたが、虫歯ではなく神経痛と診察されました。その夜、口の周りに発疹ができ始め痛みもヒドくなりました。ネットで症状を調べ帯状疱疹かもと思い帰宅後皮膚科に受診すると、即座に帯状疱疹と診断され近くの大きな病院に入院となりました。

即入院となったのでまず会社に有休の申請のために連絡してから、入院手続きをしました。軽い問診の後、病室に案内されたと記憶しています。着替えなど必要なものは夜、妻に持ってきてもらいました。帯状疱疹の治療は、1週間の点滴による薬物療法でした。滴液に抗生物質の液体をまぜ、定期的に投薬されました。

また、顔にできた発疹には、軟膏が処方されたと記憶しています。発疹が治るまで、日に数回塗っていました。医者からの指示として、外出は禁止されました。食事に関しては、特に制限が無かったので、妻や両親にお菓子の差し入れをもらっていました。1週間の間に、血液検査、問診があったと思います。1週間後、痛みと発疹が引き、問題なく退院することができました。

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入院中に入浴する機会がありました。点滴の弁を腕につけたまま入浴するのですが、弁に水がかからないように、ゴム手袋を切ったものでカバーをしたのが驚きでした。どの病院でもやっている裏ワザなのでしょうか?また、病院食は薄味で、ご飯を食べるときになかなか慣れませんでした。入院後半になると、少しでも塩分の高い焼き魚はごちそうでした。退院後は、薄味に慣れてしまったせいか、普段の食事が塩辛く感じました。

就寝時間になっても昼間ゆっくりしているためあまり眠たくなかったので、布団をかぶりイヤホンをして、周りに迷惑がかかからないようこっそりスマホを見ていました。漫画アプリやゲームアプリなども使用して、遊んでいました。入院中はとにかく暇だったので、メモ帳に思いつくままに落書きをして、それをSNSにアップしていました。その日の食事を揶揄したものや、薬品の名前から勝手にイメージしたキャラを作ったりなど。その面白落書きが思いの外好評で、退院後も数年毎日落書きをアップし続けました。

入院する前、自分は注射に全く苦手意識をもっていませんでしたので、一週間の点滴生活なんて、楽勝と思っていました。初日、二日目くらいは、特に何も感じることもなく余裕に過ごしていたのですが…三日目欄から、異変がありました。点滴は同じ箇所に刺し続けるのではなく、皮膚が固くなって逆流しやすくなるため、指し口を移動するのです。

三日目から、点滴周りの皮膚が固くなり徐々に、指す皮膚が無くなってくるのです。もちろん、逆流して点滴のチューブが真っ赤になることが頻発してきます。痛くはないのですが、何か血液が逆流する独特な感覚がかなり嫌でした。最初は右腕だけで点滴をしていたのですが、退院間近になると、右腕に指す所がなくなり、左腕で点滴することを宣言されました。
この時になると、もう先端恐怖症ですね、心の中で「いやだーー!」と叫んでしまいました。
この経験のせいでしょうか、健康診断での血液検査など、注射が本当に苦手になりました。「いい歳をしてみっともない、針を見ないようにしたら?」と妻にも言われていますが、インフルエンザなどの予防接種は本当に毎年苦痛です。